2007年10月29日月曜日

消えた移住地を求めて

サンパウロ人文科学研究所から出版された、小笠原公衛「消えた移住地を求めて」を読んだ。

歴史上から姿を消した日本人移住地をわずかに残された資料や聞き取りをもとに書かれた労作である。

成功者の伝記や成功体験は数多いが、消えた移住地を取り上げたものはこの作品を置いてほかにはないのではないだろうか?

ここでは1つ1つの消えた移住地を語ることはできないが、消えた要因の中で、日本政府の責任・海外興業株式会社の移住地建設の甘さや太平洋戦争に伴う騒乱・同じ日本人同士でのだましあいなどがあったようだ。

戦後になっても、移住政策の見通しの甘さや失敗によりアマゾン移民の逃亡やドミニカ移民の引き上げなどが続く。

しかし、外務省の移住局長や関係者は、その失敗について自らの見通しの甘さや責任についてはほとんど認めず、その失敗の原因を、移住に対して移住者の甘い考えと、苦境に耐える精神的弱さを指摘した。

戦前から移民1世は、日本人であることに固執した。だが、彼らの祖国である日本は非情だった。

2世であるとある人は戦時中を日本で過ごし、召集令状がとどいた。戦後、日本政府は二重国籍者になっている人に対して日本国籍を離脱してほしいと申し入れたという。

2世の中には神風特攻隊の一員となったものもいる。

画家の半田知雄は「1世がブラジルに本当に同化できるようになるのは、ブラジルの土となってからでしょう」と述べた。

日本政府のいう「移住者」という言葉には、自らの責任を隠そうという意図と見えるのは私だけだろうか。

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