2007年10月7日日曜日

沖縄戦

高校時代の文化祭に沖縄戦に関する展示とドキュメンタリーの上映をしたことがある。 他の部屋の客は若い人が中心だったが、わが部屋は60代から80代後半の高齢者がほとんどだった。

80代の男性は杖をつきながら娘さんと2人で来てくれた。

「わしも南方へ行ったことがあるけど、ひどいもんだった。命からがら帰ってこれた・・・すべてが狂っていたと思うよ。わしも家族も、世間も・」

60代の男性は展示とドキュメンタリーを2回見終わった後、感想ノートにこう書いていた。

「沖縄に行ったことはありませんが、僕の父親も戦地で戦死しました。まだ赤ん坊の僕をつれて母親は空襲のなかを逃げ回ったと何度も母親から聞かされました。」

50代の女性は展示とドキュメンタリー・平和資料館で売っている書籍を見終わると私に挨拶をしてくれた。目には涙が浮かんでいる。

「沖縄戦のことは母から何度も聞かされました。
戦時中、母は親しかった友達と走って逃げていたそうです。急に友達が倒れたから、どうしたのかと思ったら流れ弾に当たって死んでいたそうです・・・鉄の暴風ですね。
他にも知人が日本軍から殺されたりという話を聞きました。 私は結婚して沖縄を出ましたが、沖縄ということで、あまり、いい顔はされませんでしたね。 今は基地と人の無関心に苦しめられているようなものです。」

鉄の暴雨とは、銃弾や砲弾のことを指しているが、この言葉からもいかに激しいものであったかがわかる。

彼女は沖縄の持つ苦しみを語ってくれた。それは沖縄戦が沖縄の人々の心中でいまだに続いているということだろう。

日本では教科書検定の問題でゆれていると聞く。

なぜ、住民の集団自決に関して軍の強制があった、という部分を削除したのか。ただ、その部分を復活さればよいというのではなく、なぜ、その部分を削除したのかということをあらためて考え、また沖縄戦ひいては戦争とは何かについて考えなければいけないと思う。

それが今を生きている人間の責任ではないだろうか。

今の時代、戦争は悪であるということを言うことがためらわれる世だが、あらためて戦争は悪だということをいっておきたい。

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