沢木耕太郎「深夜特急4」の巻末に収録されている沢木耕太郎と今福龍太の対談のなかで興味深い発言があったので紹介したいと思います。
「たとえばクルド難民の問題がでてくると、日本の学生を中心にどっと奉仕活動に赴く。 そこで彼らはある強いリアリティー意識や生きがいを持てるわけです。
あるいは自分の置かれている社会的立場だとか政治性を、そういう経験の中でしか-「しか」と言ってしまえば-つかみとれない状況にある。彼らが日本に帰ってくると、世界にはこんな貧困があるんだ、日本人も目を開くべきだ、と急に説教的なことを言う。
一見正論に思えるけれど、僕は違うと思うんです。それは文明社会に住む人間がもはやそういうところにしかリアリティーを見出せないという、ある意味で非常に不幸な現実に生きる者のメンタリティーを示していると思う。少なくともそういう自覚を持つべきだろうと思うんですね。救われているのは貧しい難民たちではなく、じつは自分たち日本人のほうなのだ、という自覚ですね」
以上
救われているのは難民ではなく、日本人たちか・・・。確かに日本で生活していると生きているという実感を肌で感じることはないとは言わないけれど、非常に少ない。
三無人間=無気力・無関心・無感動
毎日が何かぼやーっとしているようで、生きてはいるんだけど何となく生きていて、実感がつかめない、実感が湧いてこない。 空気のような実体がない感じ。存在しているんだけど、死んだような人間。 毎日があっという間に過ぎていくことへのある種の絶望。 そんな人間が海外へ出て諸問題の現状にぶち当たり、はじめて、自分の存在というものに目覚める。
かつてマザー・テレサは 「日本人は最も物質的に恵まれているが、精神的に最も恵まれていないのも日本人である」 と述べていた。
日本人は難民や発展途上国の人間を心のつっかえ棒にして生きているということだろう。 経済的にも精神安定を保つ為に日本人は世界の発展途上国の貧困を求めているということだろうか。
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