2007年7月7日土曜日

北杜夫、日本移民を語る

ニッケイ新聞のホームページにに北杜夫のインタビューがのってたので転載します。

「輝ける碧き空の下で」 構想十余年、ブラジル日本移民の歴史を描いた長編小説。

ブラジル日本移民のはじまりである笠戸丸の入港から、日本人植民地の建設、第二次世界大戦後の日系社会で巻き起こった「勝ち負け」問題など様々なドラマを、個性あふれる登場人物たちによって描いている。
移民の父・上塚周平、 日本人植民地の建設に夢をかけた通訳五人組の一人・平野運平、
戦前の邦字紙『聖州新報』の創業者・香山六郎、
笠戸丸移民で生涯の博打打ちイッパチ、
移民の草分けの一人・鈴木貞次郎
など移民史上の著名人も多数登場する。
新潮社から一九八二年に第一部、八六年に第二部が出版され、二千六百枚にのぼる長編だ。 移民百周年を来年に控えた今、ブラジル日本移民の苦労と足跡を改めて振り返ることができる貴重な一冊。

――本書執筆の動機は。  
私はまだ日本の一般の人が海外旅行に自由にいけないときに、一つは「マンボウ航海」、もう一つはポリネシアの島々の旅をしたんですね。そこでまず日本人移民が早かったハワイに渡りまして、そこには随分一世の方がいました。その方たちと話をしまして、その頃から移民のいわゆる「勝ち組」「負け組み」などで、ブラジルには太平洋戦争後もまだ日本が勝ったと信じている人や逆に「認識派」がいるという話を聞いたんです。それは内地にも伝わっていまして、内地のジャーナリストはむしろそれをからかい気味に書いた。またハワイの日系社会も安定していましたから、そこでまだ冗談めかして聞かされたんです。
タヒチに渡りましたら、タヒチの近郊の島での鉱山で働いた移民の子孫が二人、中心都市のパペーテにいまして、ちょうど人類学者の畑中幸子さんという若い女性の大学院の学生が残っていまして、彼女から島にはまだ他にも移民がいるらしいと聞いて、レンタカーを借りてタヒチを一周したんです。ようやく一人を見つけたんですけど、まぁ目も悪いし、随分なんか気の毒に感じたもので、思わず「日本に帰りたくないですか」と聞いてしまったんです。そしたら「そういうことはなるたけ考えないようにしています。どうせ実現しないことですから」と言われて、こんな質問をしたことを後悔したんです。移民の方の悲惨な面をみたのはそれが初めてでしたね。  それからニューカレドニアに渡りまして、あそこはニッケルの産地なんで、昔からかなり移民の方がいましてね。そこに日本船が州に一度やってくるんです。奥地にこんなにどんどん日本船がくるなら日本が勝った証拠だという老人がここにもいらっしゃったという話も聞きました。ただそれも冗談めかしてですけど。
ただあのニューカレドニアで墓地を訪ねましたとき、外国人の墓は白くて花が飾ってあって華やかだったんですね。それでまた日本人墓地の一角がありまして、成功者の墓は一人ずつに戒名までつけられていましたが、ただ鬱そうたる樹木の下に、成功しなかった『日本人之墓』というずいぶん大きな石碑がありまして、裏にはぎっしりと名前が書いてあるんです。三、四十名の。それを見てやっぱり悲惨だなって思ったんです。それで将来、移民の話を書こうかなって気持ちを抱きました。だからずいぶん昔の話だったですね。昭和三十五、六年くらいの話ですか。


はじめてのブラジルで=広大な土地と蒼天を見た
――本書の題名は聖州ノロエステ線から見上げた空からの発案だとか。  
もちろんブラジルには非常に青い空が広がっていますよね。それで弓場農場に行ったときに、農場の女の子たちが近くで棉の実の採集をするアルバイトに行ったんです。それに私もついて行ったんです。そしたら暑いし、もぎの手伝いをしたんですけど、直に疲れたんで、畑のなかで空を見上げてちょっと寝ていたんですね。すると見渡す限りの蒼天が広がっていて、広々とした大地があって…。地図でブラジルの広さは分かりますけど、ブラジルの広さはやっぱり実際に行ってみないとなかなか実感できないんですよね。
はじめ醍醐麻沙夫さん(注1)と一緒に弓場農場に行ったときは車で一晩かかりましたから。次行った時は汽車で途中まで行きましたけど。ただなんか予想以上にブラジルの大地ってのは広くて、この広い土地にいろんな移民の人が随分昔から渡って、苦労して、まあ成功者も少しいたし、だいぶ悲惨な生活を送った人が多くて…。そんないろんな悲喜こもごもが、突き抜けるような碧い空の下で繰り広げられたんだなぁという実感から、自然に『輝ける碧き空の下で』という題名が浮かびあがったんですね。まぁその描写は第二部の一番末尾にも、佐久間四郎が日本艦隊を待っているシーンでもちょっと書きましたけど。
あとフィリピンの島で生存した日本人で、一度対談をしたことがある小野田寛郎さんがブラジルにわたって牧場をなさっていると聞いていたので、その小野田牧場にも行こうかと思ったんです。そしたらそんな所でも距離が遠すぎて私たちの日程ではとても行けないと諦めたんですよ。ちょっとの旅でしたが、そのぐらいのブラジルの広大さを実感しました。 (注1)大学卒業後、ブラジルに移住した作家。平野植民地を描いたドキュメント小説『森の夢』の著者。アマゾンの大自然を題材にした本も数多く出版。一九八〇年代に開高健さんの『オーパ!』の先導役も務めている。

続きはまた

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