2007年9月4日火曜日

僕が聞けなかったこと

今年も8月が終わった。
毎年僕にとってはこの年は印象深い月である。

1945年の敗戦であり、軍国主義からの解放・・・

僕の親戚のじいちゃんは毎年8月になると仏壇に線香と菊の花を供えていた。
自ら「神は信じない。神などいない」といい、普段は仏壇など拝みもせず、線香も立てず、花も供えないというのいうのに、こと8月だけは違っていた。

じいちゃんは戦時中、中国に軍人として出征していたということをじいちゃんの奥さんから聞いた。
僕が「戦争に行ったの?」と聞いたときも笑ってごまかすばかりだった。

僕が家出して訪ねた先もじいちゃんのとこだった。いつも優しく、いろんなことを教えてくれたが、戦争についてだけはまったく教えてくれなかった。

じいちゃんは奥さんにも戦時中のことはまったく語らなかった。

あるとき、僕が鉄砲のおもちゃで遊んでいたときにものすごい剣幕で怒られたことを記憶している。

亡くなってから知ったことだったが、じいちゃんは選挙に行くことを拒否し、年金も一切手をつけず、健康保険証も使わなかったという。

奥さんは「国をまったく信用してない人だったねえ。戦争でよっぽどこたえたのかねえ」

と語っていた。

一回だけ、戦争について話をしてほしいと言い出そうかと思ったことがある。だが、結局言い出せなかった。じいちゃんが中国で軍人として何をしたのかと想像しただけで怖くなったからだ。じいちゃんが鉄砲で人を殺したとはとても思えないし、思いたくなかった。

その約10ヵ月後にじいちゃんは亡くなった。最後は骨と皮だけのやせ衰えた顔だった。

じいちゃんが何を考えて何をおもって戦後生きたのかもう知ることはできない。今思えば、あのとき聞いておけばよかったかなと今になって思う。

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