2007年6月20日水曜日

小説「琵琶歌」に思うこと②

先日、大倉桃郎「琵琶歌」について取り上げた。
主人公の兄妹の兄である荒井三蔵が日露戦争へ向かう最後のシーンと「琵琶歌」の著者である大倉桃郎が実際に兵士として戦場にいたことが、小説とは別にこの「琵琶歌」を世間に広めることにもなった。
「水平の行者 栗須七郎」の著者である廣畑研二氏はこの作品が成功した理由としていくつかの特徴を挙げている。

①作中人物が巻末において出征すること
②作者自身も出征軍人であること
③美男美女の悲恋ものであること
④作中主人公が被差別部落民であること

私も廣畑氏と同様の意見である。以下は私の考え
①と②は当時日露戦争の真っ只中で国を挙げての騒ぎだったこともあり、作者が実際に現地で命をかけて戦っているというというイメージから多くの人々の感情をひきつけたということだろう。戦意高揚的な意味も含まれているのかもしれない。さらに主人公の1人である三蔵が出生するシーンも当時の人にとって大きな意味のあることだったのかもしれない。
③今も昔も美男美女の恋愛話や恋愛ドラマは数多くあるし、「人の不幸は蜜の味」の味という意味まであるのだから悲恋の物語はいつの時代も人気いうことだろうか。文学に詳しくないので誰か近代文学に詳しい方がおられたらご指摘していただきたい。
④マイノリティである部落民の視点から当時の日本社会を見ているということ。

さて、読んでいるうちに最も疑問に思ったのは、作者である大倉桃郎が
「なぜ被差別部落民を主人公に設定し、残酷なまでの部落差別をえがいたのか」
ということである。
大倉自身が部落民と何らかの関係があったのか、それとも悲哀ものという理由づけで部落民や部落問題を扱ったのだろうか。答えはわからない。

ただ、大倉が「琵琶歌」のなかに部落民の悲哀を込めたというのは紛れもない事実である。
ちなみにこの「琵琶歌」が大阪朝日新聞に掲載された翌年に、島崎藤村が「破戒」を自費出版している。
あらためてこの「琵琶歌」を読んでみると当時の部落民や部落差別に対する人々の意識というものを窺うことができる。それは決して表面的なものではなくて個人個人のなかに眠る差別意識をえがいていると思う。
大倉が部落民を主人公にし、部落差別というテーマで作品をつくった背景にはやはり、大倉自身の人生のなかに何かしらの葛藤があったということだろうか。
三蔵が菊枝に差別の苦しみを語るセリフ。

「どっちを向いても敵だらけです。犬猫同様にさげすんで、遂には妹までも狂者にしたのです。―誰が乱暴なぞしたいものですか、誰が大勢に楯突きたいものですか、憎まれ者になりたいものですか、だけども世のなかは弱いものいじめです。―私は今夜も人を殴りました。酒の勢いじゃない、腹が立つからです」

差別の嵐が吹き荒れ時代にこのような部落民の心情をえがけたということは部落民や部落問題への一定の理解と同情があったということだろうか。でなければあれほど部落民の気持ちになった作品は書けないと思う。
しかし、大倉の限界もあったわけで、三蔵と里野にやさしく接する家族出身の菊枝の存在である。
菊枝と執事との会話の中に「かわいそう」という同情を示す言葉が何回も出てくる。

「誰にも可愛がられないの可哀相でなくて」

部落民と部落外に橋を架けようとする菊枝の同情論は同じく作者の大倉の限界でもあったのかもしれない。
あるいは菊枝という存在は小説の中の大倉自身でもあったのかもしれない。
部落民自身が差別からの解放を目指すためにために「全国水平社」を立ち上げるのは1922年のことである。

ちなみに「琵琶歌」には後編がある。いずれ後編いついても書こうと思っている。

3 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

近代文学的にということではありませんが
悲恋物語には、多くの人に憧れと共感が込められているように思います。
経験からの共感。まだ見ぬ、少し自虐的な憧れ。
その悲恋が、歴史の濁流に呑まれ、その濁流が荒く高いほど、二人の純粋な感情と行動ではどうにもならないほど、読者は、強い憧れと共感を昇華していくのだと思います。

そこには、ふだん差別をしている人をも引き込んでしまうような、人間の感情の奥深い部分に純粋に訴えかけ、透明な感情を作り出してしまう強い力が働くのかもしれません。
とても、おかしなものですが…


古典的な純愛メロドラマであるビビアン・リーとロバート・テーラーの”哀愁”が大ヒットしたのも、日本版リメイクの”君の名は”がやはり大当たりし、ラジオドラマで流れた頃は、その時間は銭湯がガラガラだったというのもうなづけます。

僕は”哀愁”が大好きです。。

藤原道長 さんのコメント...

たしかに悲恋物語には何かしらの魅力があるのでしょうね。
ただ、僕はやっぱハッピーエンドな恋愛物語が好きですね。
現実世界がこれほどきついんですからせめて、小説くらい・・・ハッピーエンドではないとと思うんですがね。

たとえば、「砂の器」という映画がありますが、あれほど、映画としてもヒットして、ハンセン病患者の人々への同情を読んだのにも関わらず、差別はなくならない、「らい予防法」は廃止されなかった。
ということは、感情に訴えるということは影響力があると同時に非常にもろいものだとも思えるんですよね。

匿名 さんのコメント...

>感情に訴えるということは影響力があると同時に非常にもろいものだとも思えるんですよね<

まったくその通りだと思います。
普段、差別している人が「琵琶歌」のような
悲恋物語に感情移入して、心ときめくものが
あったとしても、現実の生活に戻れば、多くの人が元の自分に戻ってしまうのですよね。
そこには、「可哀想」という同情心と恋という憧れしかないからだと思います。
もちろん、これを読んで不条理な社会問題に芽生え、取り組むきっかけになった人もいるでしょう。
しかし、「可哀想」の中には、差別に対する知識は含まれていませんから…
可哀想だと思う自分の心情に酔ってしまっている人が圧倒的に多いと思います。
小説や映画に限界があるのは、この辺りだと思います。芸術的過ぎるゆえ、底にあるものが見えてこない。主人公を引き立たせる、ひとつの状況としてしか捉えられない。。
のではないでしょうか。

「砂の器」も素晴らしい映画だと思います。
何度も見ました。特に加藤嘉さんの演技には
胸を打たれました。
群馬の草津温泉には、ハンセン病施設が明治の初めの頃からあり、身近な問題として、中学校の時に授業でハンセン病患者さんへの差別問題を話し合った記憶があります。
既にハンセン病のことはライ病として、あまり正しくない知識として知っていましたが、
授業で先生が話してくれたことで、自分の誤った知識に恥ずかしいやら心が洗われるような思いをしたのを覚えています。

差別問題の正しい知識は、少なくとも中学生までにきちんと身につける、学校教育の中で、もう少しまともに差別問題を取り組むべきだと思います。
”美しい国日本”の道徳教育の中で、武士道を言って聞かせている場合じゃありませんよね。

古い本ですが、今も本屋さんの書棚にあり続ける「ルポ・現代の被差別部落」朝日新聞・長野支局編の中で、差別に立ち向かえる子供たちを育てようという、被差別部落内の学習する姿が描かれていましたが、すべての学校で、あのくらい熱心に取り組むことが必要なんだと思いました。